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Boys, Be Ambitious 078 2011 ミサノ サンマリノGP

2011.09.07

ぼんじょるの!!チームノビー監督のノビーです!!
 
今回のボーイズビーはイタリアで書いてます。
Boys, Be Ambitious 078 2011 ミサノ サンマリノGP
 
今回やってきたのはミサノで行われたサンマリノGP。
今年初めて訪れたグランプリのパドックは、相変わらず華やかでした。
変わったことといえば日本人ライダーの数。
全クラス合わせても二人という事でちょっと寂しいくらいでしたが、博一と裕紀、二人ともがそれぞれがんばってます。
でも彼らの後に続く若手日本人ライダーははたしていつ出てくるのでしょうか?
 
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ミサノサーキットは私が現役時代に住んでいたペザロという町にからほど近いところにあります。
当時は土曜の夜になるとよくカトリカ(ミサノの隣町、大ちゃんが住んでた)の高速出口の近くにあるミニモト(ポケバイ)コースに遊びに行ったものです。
最初はロリス(カピロッシ)に連れてってもらったんだけど、キリさんやファウスト(グレシーニ)やレジアーニさんもよく来てました。
 
そこには将来GPライダーを目指す子供達がわんさかといて、元気にポケバイで走り回っていました。
ロッシ、ロカテリ、ボルソイ、テッサリ、メランドリ、サバターニ、ドビチォーゾ。
私が行くとみんな目をキラキラさせて話しかけてきます。
GPの話が聞きたいのです。
 
この前のレースがどうだっただの、
あのコーナーはどう走るの?とか、
何で勝てなかったの?とか、まあづけづけといろいろ質問してきたものです(苦笑)。
 
そのほかにも大勢子供達はいましたが、中でもやつらは何年か後に(中にはすぐに)実際にGPまで這い上がってきました。
 
で、GPに来てからも、
やれ走り方がわからんから引っ張ってくれだの、
ミッション教えろだの、
セッティングがどうのこうので、わけがわからんくなっただの、
インナースーツをくれだの、
家に泊めてくれだの、
色々おねだりされたのですが(苦笑)、まあかわいい後輩だからちゃんと面倒見たり教えたりしました。
 
当時から結構そんなシチュエーションが好きだったのかもしれないですね(今のちーのび状態か?)。
そういえばエリアスとかペドロザがやっぱり小僧の頃も、プーチさんに頼まれて良く一緒に練習しました。
 
当時私が所属していたチームである「GIVI HONDA LCR」が、実はプーチさんの若手育成チームである「Telefonica Mocistar Jr.」のマシンメンテナンスを担当していたからです。
そして小僧ども?がタイムが出なくてピーチクパーチク言い訳を言い出すと、プーチさんがだんだんと怒りだし、「ノビー、このマシンに乗ってみてくれ!!」と言われ、やつらのマシンに乗ってひょひょいとタイム出して、そして子供達はプーチさんにまたしばかれてました(笑)!!
その内、やいのかいの言い訳も言わなくなってライディングに集中するようになり、最終的にはきっちりタイムを出してましたね。
 
ヘレスとかバレンシアとか、モーターホームに乗ってあっちこっち行ったなぁ。
スペインの乾いた風が好きで、練習中、昼の休憩時間にモーターホームの屋根に上って風に吹かれながら昼寝するのが好きでした。
 
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今でもあのポケバイコースには子供達が、そしてGPライダー達が訪れているのだろうか?
プーチさんはスペインの子供達をしばいているのだろうか?
 
で、やつらは下っ端を少しやってある程度速くなると、今度はGPパドックの重鎮達がメカやらマネージャーをしてるチームにぶち込まれ、レースの何たるかの深ーいところまで教え込まれるのです。
もちろん、バックにはメーカーだったり大きなスポンサーが見え隠れするわけで、そういう私も小僧の頃、バトル時代には永友さんや先輩に、テクスポ時代には藤井さんや野島さんや光島さんに、イタリアチームに移ってからは私も例に漏れず重鎮たちに預けられ、レースの何たるかを叩き込まれたのです。
 
その後、GPでバリバリやるようになってからは、重鎮達だけでなく、HRCのAキットの開発を手伝いながらエンジニアさん達にも色々教えてもらい、更にエンジンや車体のついての知識を深め、それを自分のライディングに反映させてきたのです。
 
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私のバックは私を応援してくれるスポンサーさん達、そして私を育ててくれたレース界そしてGP界のご意見番のおじさん達。
レースではいつでも全開で勝ちに行きました。
割と限界を超えて走れるタイプなので怪我もよくしましたが(苦笑)、そんな時はいつもコスタ先生の診療所に通い、怪我をちゃっちゃとしっかり治し、そしてご意見番達に相談しながら体も走りのイメージも元通りにしてきました。
 
でも2002年のムジェロでの最後の大怪我(骨盤粉砕+頸椎骨折!!)の後、復帰してからも自分のイメージするように乗れなくなってしまった自分に気付きました。
体が壊れちゃったんだから仕方ないです。
レースをきっぱりやめました。
勝てないレースはやる意味が見いだせなかったのです。
でも14年間ぎなぎなやってきた走りのイメージは今でも頭の中にしっかりとしまってあります。
 
来シーズンからMoto3が始まります。
今のところ実戦で実績を上げているのはホンダの「NSF250R」だけです。
あちこちで新しいプロジェクトを聞きますが、実際走り出すまでは、各チームもチョイスしかねているというのが現状です。
しかし、今後はこのMoto3マシンで、世界各地の子供達は練習を重ね、そしてGPを目指して行くことになります。
果たして、ジャパニーズ ヤング ボーイ達は、この先どのようにしてGPまで這い上がったら良いのでしょうか?
私もじっくり考えなければならない時期に来ています。
・・・・・・
 
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