VISION OF REDBARON

抜群の安定成長を達成

まだ春も浅いというのに、中部地方を起点に関東、近畿、そして中国、九州と、猛威をふるいそうな[台風]が控えている。その名は、愛知県岡崎市に本拠を構えるヤマハオートセンター(以下ヤマハAC)。

抜群の安定成長を達成 イメージ現在では、この販売店の名を知らないユーザーはほとんどない、といっても過言ではないほど。
とくにこの2~3年間の急成長ぶり(販売実績)には、同業他店やメーカーを含めて、ひとつの驚異にさえなっている。
2輪車の国内総出荷台数が、対前年度比で昭和52年度122%、昭和53年度121.8%、昭和54年度97.6%、昭和55年度122.7%とふえており、54年度だけはマイナス)、年率22%前後の成長率を達成しているというのに、この店の売り上げ額は、昭和52年度(51年11月~52年10月)・約7億円、昭和53年度・10億7400万円、昭和54年度・18億7200万円、昭和55年度・34億5000万円と、コンスタントに160~180%前後の伸び率を示しているのだ。
そして今年度の売り上げ計画は54億円というから、成長率、売り上げ高、販売台数(55年度1.8万台、うち新車8000台)とも「日本一の2輪車販売店」といってもさしつかえあるまい。
このヤマハAC、開店が昭和47年3月というから、オープンしてまだ10年にも満たない。

本社のある場所は、国道1号線と東名高速道路の交わる岡崎インターから700mという要所。
開店時の規模は、資本金100万円、敷地面積も約1000坪だった。
その内容も、社長(杉浦齊氏)の親の土地を一部使い、一部は借り、一部を買ったというもの。
その後は業績の拡大にともなって、つぎつぎに土地を買いたし、現在では本社の敷地が1600坪、建物はのべで800坪、そのうえ、モトが1000台もはいる[物流倉庫]が建設済みというのだから、並みたいていなスケールの販売店ではない。

もっとも、杉浦社長によれば「会社を設立する前、わたしはヤマハ発動機の経理課にいたものですから、わたしが経営を担当し、妻も同じ職場にいたので経理を担当。
販売に関してはトヨタ自工出身ですでに2輪販売店を経営してヤル気のあった小林くん(現在の小林正司常務)が担当する、工場長はヤマハでも5本の指にはいるといわれた2級整備士がやるというわけで、最初からそれなりの組織ができていたのだから、大きくならないわけがない」となる。

この社長・常務とも、2輪をたんなる儲けの手段と考えてこの道にはいったわけではなく、以前、それぞれがヤマハにいてもトヨタにいても、モトクロスをやっていて、2輪が無類に好きだった───というところがおもしろい。とくに社長は、経理課に籍を置きながらモトクロスの草レースに熱中していたという異色人士。
いまでも、息子さんを後ろに乗せて、林道ツーリングに出かけるそうである。

| 1 2 3 4 5 6次へ »









整備士資格をお持ちでなくても
プロになる夢を応援します